大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)8928号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

犀川千代子

田中清治

谷合周三

齋藤雅弘

清水聡

上柳敏郎

櫻井健夫

長野源信

森田太三

原田敬三

被告

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

石田裕久

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、四〇七万〇六八二円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告の従業員の違法な勧誘によりワラントを購入させられ、その結果、ワラントの購入代金と弁護士費用の合計四〇七万〇六八二円相当の損害を被ったとして使用者責任に基づく損害賠償請求をするものである。

一  争いのない事実等

1  原告(大正一二年一一月一七日生)は、昭和六二年に勤務会社を退職した後、絵を描くなどして今日に至っているものであり、昭和六〇年末ころから野村証券株式会社等で証券取引を行っていた。なお、原告は、昭和六〇年ころからメヌエル氏病により強度の難聴である(原告本人尋問の結果)。

2  被告は、有価証券の売買、その取次など証券業を営む株式会社である。被告の従業員で本店営業部の津﨑武英(以下「津﨑」という。)は、平成元年三月ころから証券外務員として原告の被告における証券取引を担当していた。

3  ワラント(新株引受権証券)とは、発行された分離型新株引受権付社債から分離された新株引受権部分、すなわち、あらかじめ定められた一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(行使株数。一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で徐したもの)の新株を引き受けることができる権利(新株引受権)が表象された証券(新株引受権証券)のことをいう。

4  原告は、平成二年五月一四日、被告から日本軽金属の外貨建ワラント(以下「日軽金ワラント」という。)を代金二九八万一五五〇円で買付け、同月二三日、長谷工コーポレーションの国内ワラント(以下「長谷工ワラント」という。)を代金一六万五五七五円で買付け、いずれも同月二八日に売却し、それぞれ差引一七万八一八三円、二六〇一円の利益を得た(甲第一四ないし第一七号証、乙第三号証の五、第七号証)。

5  原告は、平成二年五月二九日、津﨑の勧誘により、被告の第二回外貨建ワラント二〇ワラント(以下「本件ワラント」という。)を代金三七〇万〇六二〇円で買付けた。その後、本件ワラントは、売却されることなく権利行使期限を過ぎ、その結果、原告は、本件ワラントの買付代金相当額の損失を被った。

二  争点

1  本件ワラント取引の違法性

(原告の主張)

(一) ワラント取引の危険性

(1) ワラントの紙屑化

ワラントは、株価が権利行使価格を上回らなければ、実質的価値がなく、また、権利行使期間のうち最後の一定期間は残存期間が短いために取引されずに価値が下がり、権利行使期間の満了により価値は確定的にゼロとなる。

(2) 価格変動の大きさ

ワラントの価格は、株価に連動しかつ株価の数倍の値動きをする(ギアリング効果)のであって極めて投機性の高いものである。

(3) 為替リスク

外貨建ワラントには為替リスクがある。

(4) 価格形成の不透明、不安定

ワラントの価格は、理論的価値(パリティ)と将来の株価上昇の期待値(プレミアム)から構成されているが、プレミアムは算出根拠も合理的基準もないことから価格形成を不透明、不安定にしている。

(5) 価格形成の不公正

外貨建ワラントの取引は、証券会社との店頭・相対取引であることから、価格形成過程が極めて不透明、不公正であった。

(6) 情報開示の不足

ワラントの価格の開示は極めて不十分である上に、顧客には、店頭で知らされた価格が正しいものかを確かめる方法もなかった。

(二) ワラント取引を勧誘すること自体の違法性

(1) ワラント取引はこのように危険性の高いものであるから、ワラントの販売を正当化しうるのは、ワラントの特質、内容を熟知し、取引システムに熟練し、十分な投資資金を有し、十分な情報を収集しうる者、すなわち、独自の立場で証券会社と対等に取引をなしうる能力を有する者が、勧誘によることなく自ら望んで購入する場合に限定され、一般投資家への積極的な勧誘による自由な販売は許されないものである。

また、「自己責任の原則」は、顧客が当該取引を自らの責任において行いうる環境が存在することを大前提とするものであるが、外貨建ワラントについてはこのような環境整備が行われておらず、一般投資家への積極的な勧誘による売買が行われてはならないものであった。

そして、外貨建ワラントは店頭・相対取引で行われるものであるが、市場を介することなく、証券会社が顧客と利益相反の関係に立つことから、一般投資家への勧誘は許されないものである。

さらに、公正慣習規則第一号及び第四号からも外貨建ワラントの取引の原則的禁止が看取できる。

以上により、証券会社は外貨建ワラントを一般投資家に勧誘してはならないとの注意義務を負うものであり、まして隔絶した力関係と信頼を背景に、証券会社あるいはその使用人たる営業社員らが一般投資家たる顧客に対して執拗な勧誘を行った上、これを外貨建ワラントの取引に引き込むなどということはさらに重大な違法行為である。

(2) したがって、本件において、津﨑が、一般投資家である原告に、本件ワラントの買付けを勧誘して購入させたこと自体が違法であるといえる。

(三) 適合性の原則違反

(1) 証券会社は、一般投資家に対して証券取引を勧誘するに当たっては、投資家が不測の損害を受けることのないように、当該投資家に最も適切な投資勧誘を行うべき義務を負っている。

ワラントについては、前記のとおりの多大な問題点に照らし、独自に情報を収集する能力と大きなリスクを負担できる資金力と経験を有するプロの投資家が自発的に取引を行う場合にのみ適合性を有するものである。

(2) 本件において、原告は、社会の第一線をリタイアして退職金を元手に余生を楽しみながら手堅い投資をしていたもので、ワラント投資の知識も意向もなかったのであるから、このような原告に対して、津﨑が、外貨建ワラントを勧誘することは適合性の原則に反して違法であるといえる。

(四) 説明義務違反

(1) 証券会社は、取引の仕組みが通常では理解困難な場合、当該取引の特質、危険性、値動きなどについて十分説明しなくてはならない義務を負っている。

ワラントについての説明、警告義務の内容は次のとおりである。

① ワラントは一定期間内に、一定価格で、一定株数を購入できる権利を表象する証券であること。

② 当該ワラントの権利行使価格と権利行使による取得株数、権利行使期間。

③ ワラントでは、購入、売却ともに証券会社との相対取引になること。

④ 権利行使期間を過ぎると紙屑となり、また、それまでの期間においても紙屑同様になることがある商品であること。

⑤ 価格変動が激しく、リスクの極めて高い商品であること。

⑥ 価格開示がないこと、ワラントを購入しても売却できるとは限らないこと。

⑦ 取引の危険は右三点に限定されないこと及びそれらの危険を負担する能力や意思がない場合はワラントを購入すべきではないこと。

(2) 本件において、津﨑は、日軽金ワラントおよひ長谷工ワラントにつき原告になんらの説明もなく無断で買付けた上、本件ワラントの勧誘の際も、原告に対して、ワラントの商品構造、取引方法、危険性の程度及び内容などの必要とされる説明をしなかった。

(五) 断定的判断の提供、虚偽表示・誤導表示の使用の禁止

(1) 証券会社が勧誘の際、断定的判断を示すことは証券取引法(以下、単に「法」という。)五〇条一項一号により禁止され、虚偽の情報を提供したり、重要な事実をあえて告知しないなど誤解を生じさせる情報を提供することは、同項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一項、法五八条二号によって禁止されている。

(2) 本件において、津﨑は、本件ワラントは、プレミアムだけで構成されており、当時の株価の情勢からみて到底投資コストを賄うものではなかったにもかかわらず、原告に対して、本件ワラントは「自分の会社の発行するものだから、よほど詳しい情報がある。」「近いうちに必ず上がる。」「わからないところは自分がフォローする。」と述べており、他方、ワラントの商品構造、取引方法、危険性の程度及び内容などの重要な事実を全く告知していないのであるから、右の各条項に違反する。

(六) 目論見書交付義務違反

(1) 証券会社は、有価証券を募集又は売出しにより取得させ又は売りつける場合には、……(顧客に)目論見書をあらかじめ又は同時に取得させなければならないのであって(法一五条二項)、これに違反した場合には顧客の損害に対して無過失責任を負う義務がある(法一六条)。

外貨建ワラントの発行については、実質的には、日本市場での発行と異ならない結果を生じさせており、証券会社は、発行会社が安心して発行できる環境を整えるために外貨建ワラントの発行前にその大半を国内で不特定多数の投資家に販売ないし販売予約しているが、この事前のいわゆる「はめ込み」は、法一五条二項の「募集」に該当し、また、発行後のワラントのバラ売りは同条項の「売出し」に該当する場合がある。

(2) 本件において、被告が原告に対して行った本件ワラントの勧誘は、右の「募集」に該当し、被告は、本件ワラントの目論見書を交付する義務があったにもかかわらず、これを交付しなかったもので、被告は、原告の本件ワラント取得による損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

(一) ワラント取引の特質

(1) 投資資金が少額で足りる

ワラントに投資する場合の必要資金は、権利行使価格と株価との差額に株数を乗じた額であるから、株式投資に必要とされる資金(株価に株数を乗じたもの)に比べて、より少ない資金での投資が可能となり、余剰資金を他に投資して運用することも可能となる。

(2) 投資効率が良い

ワラントは、株価上昇時にはギアリング効果によって株式投資の数倍も利益が上がることがあるから、株式投資に比べて投資率がはるかに高い。

(3) リスク限定商品

ワラントは原則として株価の上下に連動して価格が上下するリスク商品ではあるが、そのリスクは投資金額に限定されていることから、リスク限定のない信用取引や商品先物取引などに比べて損失が少なく有利である。

(4) 長期的投資が可能

ワラントの権利行使期間は、株式の信用取引が最大限でも六か月のうちに決済しなければならないのと比べて長期であるから、時間的余裕のある投資ができる。

(二) ワラント取引を勧誘すること自体の違法性について

前記のようなワラントの特質、中でも少ない投資資金と限定されたリスクで信用取引などと同等程度の投資効率を期待できることからみても、ワラントはハイリターンを求める一般の個人投資家にとっては魅力ある商品といえるのであって、原告の主張するように、証券会社がワラントを一般投資家に勧誘すること自体が違法であるとは到底いえない。

(三) 適合性の原則違反について

(1) ワラント取引について、原告主張のような適合性の原則があることについては争う。

仮に、適合性の原則自体が容認されるとしても、個々のケース毎に具体的事情に則して勧誘が違法かどうか判断されるべきである。

(2) 原告は、従前より長く証券取引を経験してきており、それは津﨑が生まれるよりも前からで、スターリン暴落などという時代も経験していた。また、以前から株式新聞を読んでおり、被告との取引も多数回にわたり、それも主に原告の主導によるものであった。原告は、株の取引について二〇〇〇万円や三〇〇〇万円くらい損をすることもあるが、何でもないことだと述べており、この発言からも原告が証券取引のベテランであることが窺われる。そして、原告は、高齢ではあるが、判断力思考力は劣っておらず、一般社会人としてワラントを理解する能力は十分有していたし、耳が不自由であるが、補聴器をつけて近くで話をすれば十分会話が可能で電話での会話も問題なく、また、津﨑との会話では、しばしば、その内容を妻に確認させていた。

したがって、本件ワラント取引について原告が適合性を欠いていたとはいえない。

(四) 説明義務違反について

(1) ワラント取引について、証券会社ないしその使用者が、原告主張のような内容の説明義務を負うことについては争う。

仮に、説明義務があるとしても、その内容、程度などは、個々の投資家に応じて異なる個別的、相対的なものであり、個々の顧客の個々の約定ごとに個別的具体的に判断されるべきである。

証券取引は、もともと危険を伴う経済活動であり、それゆえ、投資家は、自らが証券取引の危険性を判断し、自らの責任で投資態度を決定すべきであるということができ(自己責任の原則)、これに鑑みると、ワラント取引においても投資家は自己の責任で取引の危険性について検討、判断すべきであるといえるから、その判断に必要な情報について証券会社から提供されたものだけでは不十分であると考えるのであれば、自ら証券会社に資料を請求するなどその情報を入手するための方法を講ずるべきである。

したがって、ワラント取引にあたり、証券会社が説明する内容としては、投資家が投資態度を決定するに際し、ワラントがハイリスク・ハイリターンの性格を有する証券であることについて注意を促す程度で足りるものというべきである。

(2) 本件においては、津﨑は、平成二年五月ころ、まず、日軽金ワラントの勧誘を行ったが、その際、原告は、ワラントは株に比べて儲けも大きいが損失も大きいものではないかというようなことを言った。そこで、津﨑は、そもそもワラントは通常の株式と違って新株引受権という権利自体の売買であること、株価の上下に連動して株式の何倍もの利益・損失を生じるハイリスク・ハイリターンの商品として最近注目されているものであること、権利行使期間というものがあって、その期間を過ぎてしまうと価値がゼロになるから期間内に行使する必要があること等を詳しく説明し、そして、本件ワラントの勧誘の際にも、被告のワラントといってもその性質が他のワラントと異なるものではなく、やはり株価に連動して上下するハイリスク・リターン性はあるし、行使期間も勿論あるが、今までのワラントでは儲かっているし今回もどうかと言った。

被告は、原告に対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「取引説明書」という。)を交付し、「私は、貴社から受領した『外国新株引受証券の取引に関する説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」と記載された「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)に五月二八日付で原告の署名捺印をもらった。

したがって、右説明は、原告の投資経験、証券知識などに照らせば十分なものであったといえ、津﨑につき説明義務違反はない。

(五) 断定的判断の提供、虚偽表示・誤導表示の使用の禁止について

仮に、津﨑の勧誘行為が原告主張の法令等の規定に違反したとしても、これらの規定はいずれも公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するにすぎないものであるから、直ちに私法上も違法と評価され損害賠償責任を生ずるとはいえない。

(六) 目論見書交付義務違反について

本件ワラント取引につき目論見書の交付義務があったとの主張は争う。

2  消滅時効

(被告の主張)

(一) 原告は、取引説明書を遅くとも平成二年八月末日までには読み、その時点で本件ワラントを誤って買わされてしまったこと、支出すべきでない金員を支払ったことすなわち損害の発生を認識したものであり、それから起算して三年が経過した。

(二) 被告は、本件訴訟において右時効を援用する。

(原告の主張)

本件ワラントの権利行使期限は、平成五年九月二八日であり、本件ワラント証券発行の定めにしたがい本件ワラントの損害が確定したのは、右日時である。

3  原告の承認ないし損害賠償請求権の放棄

(被告の主張)

原告は、津﨑と最後に会った際、本件ワラントによる損害については価格が下がったのだから仕方がない、また今度挽回するからなどと述べており、また、現在でも、本件は金銭の問題ではなく、裁判以前の被告の態度が納得できないと述べている。

これらによれば、原告は、本件ワラント取引につき承認し、あるいは仮に損害賠償請求権があるとしてもそれを放棄したものといえる。

(原告の主張)

原告が本件ワラント取引における損害回復を問題にしていることは、本訴を提起し、遂行していることから明かであり、被告の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  本件ワラント取引の経緯について

前記争いのない事実等に加えて、甲第一二、第一三号証、第一八号証の一、二、第二〇、第二一号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし一〇、第五ないし第七号証、証人津﨑武英及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、勤務先の会社が昭和六〇年に株式を上昇した際自社株を持っていたことがきっかけで、同年末ころから野村証券株式会社で株式の取引をするようになり、退職後は退職金四〇〇〇万円の一部を加えて株式運用を行っていた。

2  原告は、平成元年三月ころ、知人夫妻から津﨑を紹介され、同月二〇日、被告との取引を開始した。津﨑は、原告から、原告はこれまで野村、山一、三洋などの証券会社と取引があり、信用取引も経験している、自分はスターリン暴落の時代も経験してきており、津﨑の生まれる前から株式投資をやっているくらいだからむしろ津﨑よりも詳しいなどと言われた。津﨑は、新規顧客開拓のために割当てられた新規発行の日新製鋼の転換社債一〇口を原告に紹介し、原告は、同月三一日、現金一〇〇〇万円を支払ってこれを購入し、四月に売却して約三〇〇万円の利益を上げた。このようなことから原告は津﨑を信頼するようになり、続いていくつかの銘柄の株式を一〇〇〇株単位で売買したが、これらの銘柄及び売買の指定は全て原告の注文ないし指示によるものであった。

3  津﨑は、平成二年五月ころ、原告に対して、電話で、ワラントの取引、具体的には当時人気のあった日軽金ワラントの購入を勧めた。その際、津﨑は、ワラントとは新株引受権という権利自体が売買されるもので通常の株式と違うこと、ハイリスク・ハイリターン性があること、すなわち株価が上昇すれば通常の株式投資に比べて何倍も儲かるが逆に株価が下落すれば何倍も損失を生ずること、権利行使期間があって、その期間を過ぎてしまうと価値がゼロになるので期間内に行使する必要があるが、信用取引などと違ってゼロよりさらに損失となることはないことなどを説明し、日軽金ワラントの当時の価格と権利行使期間も告げて買付けを勧めた。その結果、原告は、五月一四日、日軽金ワラントを購入した。

次に、津﨑は、長谷工ワラントが有望で購入できそうであったことからこれを原告に勧めたところ、原告は迷う様子もなく、買付けに応じた。

そして、津﨑は、五月二八日、原告から右二つのワラントの売りの注文を受けて売却し、原告は、それぞれ利益を得た。

そして、津﨑は、五月末ころ、本件ワラントを勧誘したが、その際、被告のワラントといっても特に他のワラントと異なるものではなく、ハイリスク・ハイリターンのもので権利行使期間もあるが、今までのワラントでは儲かっているし今回もどうかと言ったところ、原告は機嫌良く迷う様子もなく、購入する旨の返事をして、五月二九日に本件ワラントを購入した。

4  原告は難聴であることから、津﨑は、原告と応対するときは、大声でゆっくり喋ることになったが、原告自身も、何度ももっと大声で喋ってくれとか、もう一度説明してくれと要求した。そして、原告は、津﨑が一通り説明すると、妻に代わるからもう一度言ってくれと言い、津﨑は再度、原告の妻に説明を繰り返して、それを原告が妻に聞いて確かめるという方法もしばしばとられた。

5  被告は、原告に対して、五月一五日ころ、ワラントのリスクや売買の仕組みなどが掲載された日本証券業協会作成の取引説明書を発送し、各ワラント取引の約定後に、取引報告書及び預かり証なども送付した。

被告は、五月末日ころ、原告に対し、未徴収であった「外国証券取引口座設定約諾書」及び確認書に署名捺印して返送してくれるように依頼し、原告は、そのころ署名捺印した外国証券取引口座設定約諾書及び確認書を被告に提出した。

6  その後、原告は、津﨑に対して、本件ワラントについて、価格の問い合わせをしたこともあったが、津﨑はもう少し様子を見たらどうかなどと答えるのみであった。津﨑は、平成四年の正月明けころ、転勤が決まったために、原告宅へ挨拶に行き、その際、本件ワラントが結果として儲からなかったことについて申し訳ない気持ちで頭を下げたが、原告から本件ワラントの損失につき津﨑を責めるような発言はなかった。そして、結局、本件ワラントについては売却も権利行使もできないまま権利行使期限を経過した。

二  右に認定した事実に基づき、本件ワラント取引の違法性の主張について順次判断する。

1  ワラントを勧誘すること自体の違法性について

ワラントは、その価格は株価に連動するが、その変動率は株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下する傾向にあるうえ(いわゆるギアリング効果)、権利行使期間を過ぎると無価値になるなどハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品ではあるが、反面、少ない投資金額でキャピタルゲインを獲得することができ、損失も最大限で投資額にとどまるもので、金融商品として十分合理性を有するものといえるのであるから、原告主張のように証券会社及びその使用人がそもそも一般投資家に対して外貨建ワラントの買付けを勧誘してはならないとの注意義務を負うということはできない。

2  適合性の原則違反について

前記認定の事実によれば、原告は、昭和六〇年末ころから野村証券株式会社他数社の証券会社で、信用取引も含めた証券取引を継続しており、被告との取引も原告の主導で行われてきたことが認められ、その投資経験の長さや投資内容からすれば、原告は株式ないしその派生商品についての投資態度を決定するのに必要な知識や経験を十分有していたと考えられる。さらに、原告は退職後は退職金四〇〇〇万円の一部を加えて株式運用を行っていたこと、被告での最初の取引の際、一〇〇〇万円を現金で支払って転換社債を購入したことなどから窺われる財産状態、難聴ではあるが、津﨑に、説明のとき大声を出させたり、妻を通じて確認するなどしており、必ずしも会話に不自由があったとはいえないことなどからすれば、津﨑が原告に対してなした本件ワラントの買付けの勧誘が、いわゆる適合性の原則に違反するということはできない。

3  説明義務違反について

前記認定の事実によれば、津﨑は、原告に対して、日軽金ワラントの買付けを勧めた際、ワラントとは新株引受権という権利自体が売買されるもので通常の株式と違うこと、ハイリスク・ハイリターン性があること、すなわち株価が上昇すれば通常の株式投資に比べて何倍も儲かるが、逆に株価が下落すれば何倍も損失を生ずること、権利行使期間があって、その期間を過ぎてしまうと価値がゼロになるので期間内に行使する必要があるが、信用取引などと違ってゼロよりさらに損失となることはないことなどを説明し、本件ワラントの勧誘の際にも、被告のワラントといっても特に他のワラントと異なるものではなく、ハイリスク・ハイリターンのものであること、本件ワラントの権利行使期間等も説明して、所定の取引説明書を送付し、確認書を徴収したことが認められる。

これによれば、津﨑が原告に対してしたワラントについての説明は、原告の投資経験や証券知識などに照らして十分なものであったといえる。

もっとも、前記認定のとおり、被告は、原告に対して、日軽金ワラントの取引成立後に取引説明書を発送し、本件ワラントの取引成立後に未徴収であった「外国証券取引口座設定約諾書」及び確認書に署名捺印して返送してくれるように依頼し、原告からそれらの提出を受けており、この点手順において問題がなくはないけれども、接着した時点でこれらの手続が履まれていることからすれば、この一事をもって説明義務に違反するとまで断ずることはできず、右判断の妨げとはならない。

4  断定的判断の提供、虚偽表示・誤導表示の使用の禁止について

原告は、津﨑は、本件ワラントがプレミアムだけで構成されており、当時の株価の情勢からみて到底投資コストを賄うものではなかったにもかかわらず、原告に対して、本件ワラントは「自分の会社の発行するものだから、よほど詳しい情報がある。」「近いうちに必ず上がる。」「わからないところは自分がフォローする。」と述べて断定的判断の提供、虚偽表示・誤導表示の使用を禁止している法に違反したと主張する。そして、原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分があるが、これを裏付ける証拠はなく、証人津﨑武英の証言に照らして信用できず、他にこれらの事実を認めるに足りる証拠はない。

5  目論見書交付義務違反

原告は、本件において、被告が原告に対して行った本件ワラントの勧誘は、法一五条二項にいう「募集」に該当し、被告は、本件ワラントの目論見書を交付する義務があったにもかかわらず、これを交付しなかったもので、原告の本件ワラント取得による損害を賠償する義務があると主張する。

しかし、法一五条二項でいう目論見書は、発行市場での有価証券の募集又は売出しのために、公衆に提供する当該有価証券の発行者の事業に関する説明を記載した文書のことであって、本件ワラント取引のような流通市場での相対取引による販売において必要とされるものとは解されないから、原告の主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官市川智子 裁判官浦木厚利は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官萩尾保繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例